「自由なら1秒でなれるし」

 

どうも、サカモト(@SkmtKari))です。

 

少し前に聞いていた音楽の中に、Czecho No Republicさんの「トリッパー」という曲があります。

 

この曲の中に、

「自由なら1秒でなれるし」

という歌詞があって、ハッとしたことがあります。

自由は「獲得するもの」じゃない

というのも、少し前まで、

「自由は、様々な苦労の末、何らかの外圧から解放されて獲得するもの」

という先入観があったからです。

 

自由を阻害する何らかの敵がいて、そいつを倒すかそいつから逃げるかしない限り、自由は獲得できないという思い込みがあったのです。

これまで、家や学校などで、自分に従うことを求める大人が周囲に多かったからかもしれません。

 

でも本当の自由はそのようなものではなく、内側から溢れ出てくるものだと思います。

自由は内から溢れ出てくるもの

このように思うようになったきっかけがあります。

それは、数年前のGWに行ったソロキャンプ旅です。

80Lのバッグパックに一人用のキャンプ道具をパンパンに詰め込んで、愛用のバイクに跨り、5泊6日の一人旅に出ました。

5日間、昼はひたすら山道を走り続け、夜は屋根のない自然の中で過ごしたのです。 

 

そして旅が終わり、家にたどり着いた時、

「自分はもう、世界中何処でも暮らしていける」

という考えが、ふと頭の中に浮かびました。

バイクさえあれば何処へでも行けるし、テントがあれば何処でも寝泊まりできるという自信を得たのです。

 

この時の、この世の全てのしがらみから解放された感覚というか、心を占める領域が自分の頭の中だけでなく世界に広がっていく感覚みたいなものは、5-6年経った今でも残っています。

生まれて初めて、「自由は内側から込み上げてくるものなんだ」と知ったのです。

 

自由が内側から込み上げてくるものなのであれば、「自由なら1秒でなれるし」という言葉が本当であることが分かります。

自分っていつでも自由じゃん、という認識が、自分を本当に自由にさせるのです。

僕の場合、前述の経験があったからこそ、すぐにその時の状態に心を持っていけるので、どんな時でも自由を心に留めておくことができる感覚があります。

本当は自分を縛るものなんて何もない

そして突き詰めて考えていくと、本当は自分を縛るものなんて何もないことが分かります。

 

「いやいやそんなことない。私は◯◯に縛られている」という意見はあるでしょう。

でもそれは本当でしょうか。

本当は変化を恐れているだけではないでしょうか。

 

○○に入るものが人ならば、その人と離縁すればいい。

仕事なら、やめればいい。

ルールなら、そのルールが及ばないところに行けばいい。

 

それができないのは、変化を恐れているからのように思います。

 

しかし、どうしても現状を変えられない場合もあるでしょう。

そんな時、僕は「可能性を想像する」ことをやります。

 

例えば仕事に縛られているのなら、「でも本当はこの仕事はいつでもやめられるし、仕事なんて世の中にいくらでもあるのだから、万が一の時は他の仕事に乗り換えられる」と想像します。

人間関係に縛られているのなら、「この人とはいつでも離縁できるし、何なら住む場所を変えて二度とこの人と会わないことだってできる」と考えます。

 

そうすると、不思議なことに、心がすっと軽くなるのです。

今の苦しみは永遠ではないし、いざとなれば自分の力で苦しみを消すことができると思うことが、心の余裕を作ってくれるのだと思います。

いつでも自由でありたいですね

以上、ひとつの曲の歌詞の断片から、考えを巡らせてみました。

この世はなかなか思うようにいかないものですが、そんな中でも自由に余裕をもって生きたいですね。

 

Czecho No Republicさんの「トリッパー」、かわいらしくて軽やかないい曲なので、ぜひ聴いてみてください。


トリッパー

(YouTubeになかったので、Amazonのリンクを貼っておきます。Amazon Prime会員なら無料でストリーミングを聞くことができます。)

 

ではでは。