社会人のぼくが、人生に何の意味ももたらさない「博士号」を取る理由

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どうも、サカモト(@SkmtKari)です。

明日から、多くの人が新しい旅立ちを迎えますね。

実はぼくも、春から社会人学生になります。

突然の告白で恐縮です。

年度末に、ある地方国立大学で博士後期課程の試験を受け、無事合格し、春から学生に返り咲くことになりました。

約6年ぶりの学生です。ひえー、年取ったなぁ。

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博士号取得は、人生に何の意味ももたらさない

博士後期課程なので、今年の4月から3年間通うのですが、休職して通えるほどお金がないので、働きながら研究を続けます。

このことを話した友人からは、「働きながら大学まで通うなんてすごく大変なのに、何のために博士号を取るの?」と聞かれます。

両親にも「博士号を取ったあとのキャリアプランはあるのか?」と聞かれました。

入学してからこういうことを言うのは自分でもどうかと思うのですが、ぼく、あまり博士号に期待していないんですよね。

ぼくの会社では、博士号を取ったからといって昇進が早まるわけでも、お給料が上がるわけでもありません。

そして、現在博士号を取得した学生は世の中に余りまくっていますし、1つの准教授や助教授のポストに100以上の応募があることも珍しくないですから、職業の選択肢が増えるわけでもありません。

世の中変化が激しいので、3年後に博士号取得が自分に有利に働く保証もどこにもない。

要は博士号を取っても取らなくても、現状予測できる範囲では「ぼくの人生に何の意味ももたらさない」と思うんですよね。

むしろ、国立とはいえ安くはない学費を払って、3年分の時間を浪費するのですから、人生に悪影響すら及ぼすかもしれません。

それでも博士号を取る理由

そんな中、ぼくが博士後期課程に行く理由は、

研究と決別するため

です。

新しいことが好きで、本や論文を読むのが好きで、整然とした文章を書くのが好きで、発想や着想の瞬間が好きで・・・

研究の過程で必要な色んなことが、ぼくはとても好きです。

また、研究のように新しいものを生み出すことはとても大変ですが、それに携わった人にしか分からない「ナマモノに触れている感覚」を味わってしまうと他の仕事が色褪せて見えますし、「歴史上誰にも生み出すことができなかった新たな知を生み出す」という研究の行為自体、とっても格好良いと思います。

研究者という種族も好きです。

一部、自分の権威を振りかざして周囲を威圧する研究者もいますが、実はそういう人は小物で、大物は大抵オープンでフランクな方々です。

よく周りの人に「普通じゃない」と言われるぼくのような人間がこれまで生きてこれたのは、研究者という、新しいものや変わったものを大事にする種族の中で大事に育てていただいたからだと思います。

ただ、10年くらい研究を続けてきて、大学や企業の色んな研究者の方々を見てきた結果、正直自分は研究では一流にはなれないんだろうな、という直感、もっというと諦めを持っています。

なので、研究と決別するために、博士号を取得したいと思い至ったのです。

「いや、分かってるならさっさと辞めろよ」と思われる人もいると思います。

至極ごもっともだと思います。

全くその通り。

いやー、ぼくも正直そう思いますよ。

意味もないしお金も使うなら辞めた方がいいですよね。

分かっているのに何で辞めないかというと、今辞めたらこの後の人生、ずっと「博士取りたかった」と思い続ける自分がいることが想像できるんですよね。

今後何十年も生きるとして、その節々で後悔し続けたら、簡単に3年分以上の時間を費やしてしまうんじゃないかと思うんです。

であれば、この3年の時間とお金を費やして、自分が納得する終わり方をして、潔く次のステップに進んだ方が、身も心も軽くなると感じます。

きれいさっぱり、未練も後悔もなく3年後の春を迎えたいものです。

とりあえず今後3年間は、博士号取得に向けて邁進しようと思います。

ブログは今まで通り書き続けますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。

ではでは。

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