リアルで精巧な絵のつまらなさ

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たまに写真のように精巧でリアルな絵がニュースなどで取り上げられるじゃないですか。

あれって全然絵としておもしろくないと思うんですよね。

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絵の長所はそこじゃない

絵の長所は、想像の世界を現実に表現できるところだと思います。

異なる時間を一枚の絵に同時に表現したピカソやマグリット、死の直前に自身が見た星空を描いたゴッホなどは、その点を非常に深く理解していたのではないかと思います。

この世界に存在しないものを目に見える形で表現できること。

そのことこそがアートに秘められた魅力だと感じます。

しかしリアルさで勝負する画家というのは、技術的には確かにすごいとは思うのですが、絵でしか表現できないこれらの長所を活かしきれていないのではないかと思うときがあります。

だってリアルさだけでいったら写真でいいじゃないですか。

似顔絵だって、単純にリアルに描くよりは、その人の顔が持つ特徴を少し強調して描いた方が親しみやすさが増すということはよくある話です。

「こんなにリアルに描ける俺/私、すごくない!?」という声が聞こえてくる

そして最もぼくが好きではないのは、「こんなにすごい技術を持っている自分を褒めて!」という声がその絵から聞こえてくることです。

画家の顕示欲は表現の場においては重要なのかもしれませんが、絵を見るぼくたちが見たいのはそこではなく、絵を通じて見る新しい世界や驚き、アートという文脈の中の歴史の転換点、そして絵を見ることによって自分を振り返る内省のきっかけなのです。

絵を見た瞬間はっと我に帰るその瞬間こそ、お金を払ってでも絵を見たいと思える価値だとぼくは思います。

すべての表現者に通じること

これはすべての表現者に通じることだと思います。

音楽でも文章でも、新しい表現にふれたときに感じる感動は、人生においてそんなに数多く感じられるものではありません。

だからこそ、一縷の望みをかけて、ぼくたちは今日も美術館やライブハウスや本屋に通うのです。

さて、そういえば最近美術館にいっていないし、近々行こうかな。

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