「お前変だよ」は最高の褒め言葉

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言葉は意味を運ぶ舟だが、その行き先はいつも同じとは限らない。

同じ言葉でも、人を傷つける場合もあれば、人を喜ばせる場合もある。

言葉を発する人の態度や、受け止める人の考えなどによって言葉が与える影響は大きく違ってくる。

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サカモト(仮)は常識がないらしい

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先日、高校からの知り合い二人と焼肉を食べに行った。

その友人とは高校卒業後も縁があり、何かきっかけがあると会うような気心知れる仲だ。

その友人の一人が、ひょんな流れから「サカモト(仮)は常識がないからな」とこぼした。

すぐに話題が変わってしまったのでその理由を聞くことができなかったのだが、妙にその言葉は耳に残り続けた。

サカモト(仮)は自分では至ってまともな人間だと考えているのだけど、よく人に変わっているとかおかしいとか天然だと言われる。

あんまり多くの人にそれを言われるので、「ああ、ぼくは変な人なんだ」と最近では自覚するようになった。

でもぼくにとってはそれは悲観するようなことでは一切なく、むしろなんだかちょっぴりうれしいことなのだ。

「変わっている」という価値

変わっているということは、人とは違う言動ができるということだ。

それは現代ではものすごく価値のあることだと思う。

過去にないほど多様な人がネットワーク化され見える化されている現代において、「人と違うこと」は有象無象の中から自分という存在を知ってもらうための重要な手段なのである。

大学時代の恩師が、「よく分からないことをやっていると言われる人になりなさい」と諭してくれたことがある。

研究分野にいるぼくたちは新しい発想や取り組みを世に生み出すことを生業としているが、歴史が証明しているように、それらは現代の多くの人には理解しがたいことであることがままある。

そのため「あいつはよく分からない」はぼくたちにとっては褒め言葉なのだ。

高校の友達はそんな風に思っていないと思うが、世の中には「おまえは変わっている」という言葉を相手に向けることによって「俺はきちんとしたマナーを身につけているオトナなのである、そんな俺はえらいのであーる」と優位に立とうとする人もいるだろう。

そんな人の言葉なんて気にする必要はない。

最低限のマナーさえ身につければ、あとはいかに人と違う価値を出せるかの方が、今の世の中重要なのである。

ただし、「変わった人に見えるように振る舞う」ことは断じて避けるべきだ。

それはただ変な人の皮をかぶっただけなので、見破られたらそこでおしまいだ。

嘘の自分を演じることで自分にも悪影響を及ぼすだろう。

そんな「フリ」をする必要はない。

ただ自分の興味関心を素直に突き詰めるだけで、結構人は「あいつは変わっている」と認識してくれる。

変わった人で居続ける

変わっていることを認めた上でそれを発信し続ければ、その価値を認めてくれる人が必ず現れる。

情報過多な時代は、変わった人が輝くために必要な土壌を整えてくれた。

必要な情報が必要な人の元に届く時代がやってきたのである。

このブログも、はじめた当初は想像もしなかったほど多くの人が訪問してくれるメディアになった。

ぼく自身も表現の手段としてのブログは気に入っていて、まだまだ可能性を感じている。

これからも世界のどこかでこのブログの更新を待っていてくれる人に向けて、更新し続けたいと思います。

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