「消費のための旅行」をしなければいけないなら、生活そのものを変えるべき

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今日はぼくも大好きな旅行について。

消費のための旅行

旅行が好きという方は多いと思います。

特にこのブログでは、いろんな地方の珍しい場所や食べ物を紹介することが多いので、旅行好きの方が集まっているようです。

でも旅行にも種類があって、「消費のための旅行」、すなわち「消費旅行」を行うことは、あまりおすすめできないなぁと最近考えます。

「消費旅行」とは、まさにぼく自身が数年前まで行っていた旅行のスタイルです。

休日になると、平日にたまった家事をゆっくりこなしても時間が有り余るので、「んじゃ旅行にでも行くか」と思いつきでツーリングやキャンプに行っていました。

旅行先でたまたま目に入ったお店を訪れ、好きな場所で好きなだけ時間を使い、日が傾いて空が紅く染まる頃に家路に着く。

このような何の目的もなく、ただ時間をつぶすため、あるいは生活に少しの刺激がほしいために行く旅行のことを「消費旅行」と呼んでいます。

これを始めた当初は確かに楽しかったですが、何度もこなすうちに飽きてきちゃうんですね。

そもそも旅行に対して時間つぶし以外何も期待していなかったので、何かを体験してもどこか薄っぺらいものになってしまっていました。

今思い返すと、ぼくがやっていたのはただの暇つぶし、まさに時間とお金を消費するための旅行でした。

消費旅行は「仕組まれたもの」

例えばじゃらんリサーチセンターが発行している「とーりまかし」を読むと、いかに旅行者に消費旅行をさせるかを、めちゃくちゃ頭のいい人たちが非常に多くの時間をかけて「仕組んでいる」かが分かります。

観光客をどう呼び込むか、呼び込んだ観光客をどう地域内で巡回させるか、多くの場所でいかにお金を使わせるか・・・

旅行を仕掛ける側の視点を覗くと、ぼくたちの旅行は既に誰かによって「仕組まれている」ものだということが身に沁みて分かります。

このような裏側を知ってしまうと、怖さすら感じます(とーりまかし自体は素晴らしい冊子ですが)。

「なんとなく旅行に行きたい」は現在の生活に満足していない証拠

ぼくがやっていたような、「なんとなく」旅行に行かなければいけないような生活は、裏を返せば「どこかに行かないといけないくらい、現状の生活に満足していない」証拠なんですよね。

自分の家で熱中出来る何かがあれば、わざわざ多くの時間とお金をかけてまで旅行に行くことなどなかったでしょう。

例えば数年前のぼくにブログという自己表現手段があったなら、あんなに旅行には行かなかっただろうなと感じます。

「刺激がほしいからとりあえず旅行に行くか」という人は、自分の生活を見直してみた方がいいのかもしれません。

生産のための旅行はひと味違う

「消費のための旅行」と比較して、「生産のための旅行」は濃さが違います。

今はブログをやっているので、旅行先の体験は全て「取材」に変わります。

全身が喜ぶような美味しい食べ物を食べたら「この美味しさをどう伝えたら伝わりやすいか」、思わずため息がでるような心から癒される素敵な景色を見たら「どうやったらこの場所の魅力が伝わるだろう」といつも考えながら目の前のことを楽しむようになりました。

ひとつひとつを頭と心に刻むので、体験の濃さが全然違います。

もし出来るなら、ただの暇つぶしや日常の鬱憤を晴らすためだけに旅行に行くのではなく、「生産のための旅行」を楽しんでみてはどうでしょう。

きっと人生が変わると思います。

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