携帯を無くして獲得したもの、それは自由だった

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2日前に携帯電話を無くしました。

既に交番に紛失届を提出し、「iPhoneを探す」で紛失モードを設定した上、回線も止めてあるので悪用される可能性は低いです。

見つかる可能性は極めて低いですが、もうしばらく様子を見てみようと思っています。

生活を支えるインフラの一つとも言える携帯を無くして分かったこともあります。

それは携帯が無いと自由を獲得できる、ということです。

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携帯を無くして変わったこと

①時間が増えた

携帯を無くしてまず変わったのが、空き時間に携帯を見ることができなくなったので、それ以外のことに使える時間が格段に増えたということです。

例えば、普段サカモト(仮)は通勤時間にReaderのアプリでニュースをチェックするのですが、それができなくなったので読書に使うことにしました。

これによって、自分が求めている情報を吸収出来る時間がかなり増えました。

Readerにはめぼしいサイトしか登録していないのでノイズとなる情報はそれほど多くないと思っていたのですが、やはり書籍と比較するとまとまりのない情報が多いので、それらをチェックすることによっていかに普段時間を無駄に使っていたかを痛感させられました。

また、携帯を無くしたことによって通常以上のスキマ時間を獲得できました。

普段はほんの少しの時間でも携帯で情報収集を行っていたため、常に情報の渦の中に身を投じており、時間があっという間に流れていく感じを受けていました。

しかし携帯を無くしたことによってスキマ時間をぼーっと過ごすことができるようになったため、普段より時間がゆっくり流れています。

これは忙しい日常の中では貴重な時間です。

この時間を使って次にやるべきことを整理したり、考えをまとめたりすることができています。

1日24時間という与えられた時間は変化していないにも関わらず、時間が増えた感覚を持てたのは、携帯を無くして初めて得られた功績だと思います。

怪我の功名とはいいますが、怪我はしてみるものですね。

②世間といい意味で隔絶された

携帯を持っていると、先述のようにニュースを追いかけてしまったり、SNSやメールなどの通知がひっきりなしにきたりするため、なかなか自分だけの時間を確保することが難しいです。

しかし携帯を無くすとそれらの情報が届かないので、世間といい意味で隔絶されます。

自動で情報が送られてくる割合が減り、自分から情報を取りにいかないと得られない状況になったため、必要な情報以外は入ってくることがなくなります。

興味のない芸能情報やゴシップネタなどに貴重な頭脳を消費されることが少なくなるのです。

これを経験すると、普段いかに自分が機械に動かされていたのかを痛感しますね。

テクノロジーは使いようと言いますし、自分でも気をつけていたつもりですが、いつの間にか踊らされていたのですね。

③会話に集中できるようになった

携帯を持っていると、ともすれば人との会話の最中も携帯をいじってしまうことがあります。

特に慣れない人との会話が途中でつまってしまったときなどに、沈黙の時間に耐えられなくなりつい携帯をいじってしまうことがあります。

そのような逃げ場があることはある意味でいいことなのですが、やはりされた方の身になってみると、会話の相手が自分をなおざりにして携帯をいじっているのはいい気持ちではないでしょう。

携帯を無くすと否が応でも目の前の相手との会話に集中せざるを得ないので、自然と会話に対する集中力が上がります。

すると不思議なことに、会話から得られる情報が普段よりも多く感じるんですよね。

会話のコンテンツはもちろん、相手が話す表情や仕草から「この人はこういうことを話したいんだな」とか「その話に関連するこのことについては、この人はどう考えているんだろう」などなど、気づきや疑問が次々に生じてきて、自然と会話が弾みます。

携帯という逃げ場を失ったことによって、会話に対するコミットの度合いが高まり、それによって会話が健全に発展するようになりました。

二十一世紀人にとっての自由とは

『ご隠居のすすめ』の中で、筆者の本村尚三郎さんは、

二十一世紀人にとっての自由とは三つある。一つはグッズ・フリーで、モノから自由になること、二つ目がタイム・フリーで、時間から自由になること、三つ目がインフォメーション・フリーで、情報から自由になること、である。

と述べています。

関連記事:選択肢の一つに「隠居」を入れておこう:『ご隠居のすすめ』を読んで

携帯を無くして、この三つの自由の一端を経験出来たように思います。

携帯というモノからの自由、携帯を無くしたことによって得られた時間の自由と情報の自由。

これは二十一世紀を生きるぼくたちにとって貴重な自由なのです。

本当に自由になりたかったら、携帯を持たないという選択肢もありなのかもしれませんね。

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