「日田重太郎」に理想の隠居像を見た:『海賊とよばれた男』を読んで

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※以下の記事はネタバレ要素を多く含んでいます。『海賊とよばれた男』をまだ読んでいない人はご注意ください。

「理想の隠居」を語る上で重要な小説に出会ってしまいました。

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『海賊と呼ばれた男』にその人物は描かれていた

百田尚樹さんによって書かれた『海賊とよばれた男』は、出光佐三という明治18年に生まれ昭和56年になくなった出光興産創業者の実話を元にした小説なのですが、そこに出てくる日田重太郎という実在した人物が、理想の隠者像といえる人物でした。

どんな人物かというと、

日田は淡路島の資産家だったが、実家との折り合いが悪くなり、神戸に移り住んでいたのだった。仕事はせず、茶や骨董を楽しむ風流人だった。明治の終わりにはこうした高等遊民が少なからずいた。年は三十二歳だが、髪の毛は薄く、天神髭を生やしたその風貌は、一見すると禅僧のようでもあった。

昔のヨーロッパでいう貴族みたいなものでしょうか。

その暮らしぶりもいかにも「ご隠居」といった感じです。

日田は毎日、仕事をするわけでもなく、焼き物や骨董を眺めて暮らしていた。庭もまたそんな日田の趣味がよく出た風流な美しさを持っていた。鐡造は日田の家を訪れて庭を眺めていると、いつも心が落ち着いた。

鐡造とはこの物語の主人公です。

『隠居宣言』に以前隠居は若者の憧れだったという旨の内容が書かれていましたが、まさに昔の人が憧れる隠居像を示しているのではないでしょうか。

関連記事:20代のぼくが隠居を目指すようになった理由 その7:隠居というスタイルへの憧れ

人物像もかっこよすぎる

これまでの話だけ読むと物語や映画の中でよく描かれる貴族と変わらないのですが、日田の凄さはその人物像にも現れています。

上巻の最初の方に出てくる、鐡造が最初に勤めた会社から独立を考えているときにの日田との会話がまず痺れます。

本文から会話部分のみ抜粋します。

「国岡はん、あんた、独立したいんやろう」

「まあ、いつかは独立したいと思っていますが、それはもうずっと先のことです。中年になったら店でも持ちます」

「嘘言うても、あかん」「独立したいと顔に書いたある」

「独立したいと思っているのはたしかです」「でも、それは無理な話です」

「金の問題か。それとも他に何かあるのか」

「お金です」

「そういうことやったら、なんでもない」「今、わしは神戸の家のほかに京都に別宅がある。それを売れば八千円ほどの金になる。そのうちの六千円を国岡はんにあげる」

国岡の様子を見て「独立したい」という本音を見抜く鋭さと、即断でお金をあげてしまう切符の良さ、憧れます。

ちなみに、明治時代の1円は、今の3800円ぐらいに相当するので、当時のお金で六千円とは、単純計算で2280万円になります。

どれだけ気前がいいんですかね・・・

また、このお金の返済のことを国岡が持ちかけたときの日田の反応も痺れます。

また会話部分だけ抜粋しますね。

「日田さん」「返済の件なのですがーー」

「返済って何のことや。わしは国岡はんにお金を貸すとは言うてへんで。あげると言うたんや」

「六千円もの大金をいただくわけにはいきません。これは融資として考えています」

「国岡はん、六千円は君の志にあげるんや。そやから返す必要はない。当然、利子なども無用。事業報告なんかも無用」「ただし、条件が三つある」「家族で仲良く暮らすこと。そして自分の初志を貫くこと」「ほんで、このことは誰にも言わんこと」

こんな人物が存在したなんて信じられますか。

もちろん脚色は入っているとは思いますが、脚色ありきで考えたとしてもすごい人物です。

日田はこの後、この件がきっかけでさらに親族との折り合いが悪くなり関西から出て行ってしまうのですが、そのことも鐡造には言わなかったらしいです。

この後、日田は国岡の人生の岐路といえる場面で頻繁に登場し、その都度さらにお金をあげたり有意義な助言を与えたりします。

そして、ようやく国岡の会社が軌道に乗ってきたとき、日田は初めて当時お金を貸した本意を示します。

会話部分の抜粋です。

「日田さんのお蔭です」

「何言うてるんや。わしは金を出しただけや。頑張ったんは国岡はんやないか」

「日田さんのお金がなかったら、今のぼくはありませんでした」

「わしがあんなお金持ってても何の役にも立たへんかった。株でも買ってすってたやろう。そうなったら死に金や。国岡はんが使うてくれたお蔭で、生きた金になった」

こんなに理想的なお金の使い方ができる人は類い稀な存在でしょう。

日田のような隠者が増えれば社会は発展する

日田は隠居の身でありながら、鐡造という人物の本質を見抜き、「趣味の一環として」その手助けをする人物として、この小説では描かれていました。

この話を読んで、日田は隠居の理想像のひとつだと考えられると感じました。

ぼくは基本的な考えとして、現役として社会での役割を十分果たした人は、その役割を他人に譲って早く隠居すべきだという考えを持っています。

ここで、一口に隠居といっても、鴨長明のように世間から身を潜めて隠棲してしまうという生き方もあれば、日田のように自分が楽しめる範囲で社会と接点を持つという生き方もあります。

しかしどちらにしても隠者は現役を引退しているので、もし隠者として社会と関わるのであれば、日田のように自分が楽しみながら現役としてがんばっている人の手助けをする(少なくとも邪魔をしない)関わり方がいいと思うんですよね。

日田は資産家なのでお金の部分の手助けが多かったですが、その他にも鐡造の人生の分かれ道に現れ、有益なアドバイスを与える存在としても描かれています。

あくまでも「趣味の範囲として」、「本人が楽しみながら」です。

これこそ隠者が社会と関わる理想の姿なのではないかと思います。

そしてこのような隠者が増えることによって、社会が発展すると思うんですよね。

優れた隠者が現役の人々に投資や助言を含めた手助けをすることによって、鐡造のような能力のある人の才能を開花させることができると思うのです。

現役の時代を生き抜き、その後世間から身を引いた者にしか見えない世界が隠者には見えているはずなので。

とまあ語ってしまいましたが、『海賊とよばれた男』は小説としても秀逸な作品ですので、ぜひ一度読んでみることをおすすめします。

おもしろいですよ。

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