人間の幸せは、「本来の目的」以外の部分にある?

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さっきシャワーを浴びていて、ふと思ったことがあります。

人間の幸せは、「本来の目的」以外の部分にある?

僕たちが日頃行っていることには、「本来の目的」があります。

食事なら「栄養を取ること」、お風呂やシャワーなら「身体を清潔にすること」、歩いたり走ったりすることなら「移動すること」などがその例として挙げられます。

しかし、この「本来の目的」以外の部分に、人間の幸福感は現れるのではないかと思うのです。

先ほどの例で説明すると、食事なら「美味しい料理を食べる」、お風呂なら「裸になって湯に浸かる」、歩く・走るなら「景色を眺める、汗をかく」というところには、誰でも少なからず気持ちよさや満足感を感じると思います。

逆に、本来の目的を満たすだけで良いのなら、例えば食事だったら、入院しているときのように必要な栄養素を点滴などで補っていればそれで十分ですよね。

しかし人はそれをしない。

それどころか、美味しい料理を食べるためにわざわざ有名店に出かけていったり、手間をかけて料理を作ったりしています。

「本来の目的」は結果、幸せはプロセス

これらの事例を並べてみて、自分で理解できたことがあります。

それは、「本来の目的」は結果であり、幸せを感じることはプロセスであるということです。

食事なら「栄養を取る」という結果を得るために行動しますよね。

先ほどの点滴の例などはまさにその目的のための行動で、それ以上でも以下でもありません。

しかし、「美味しい料理を食べる」ことには、料理を食べている過程で、料理の見た目を楽しんだり、かぐわしい香りを嗅いだり、食感を味わったりしますよね。

これらはプロセスを堪能していると言えます。

そこに幸せがあるのではないか、感じています。

プロセスを楽しめることこそが自分を幸せにする

自分でも書きながら理解が進んだことなので、少し分かりにくい文章になってしまったかもしれませんが、プロセスを楽しめることこそが自分を幸せにするのでは、と思いました。

確かにこれまで自分が本当に楽しんできたことは、「本来の目的」以外の部分に楽しみを見出せていたように思います。

ブログを書くことも、「書くこと自体が楽しい」ということに支えられています。

「プロセスを楽しめるか」は、自分が好きなことを知るための一つの重要な指標である、というのを今日のひとまずの結論にしたいと思います。

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