20代のぼくが隠居を目指すようになった理由 その7:隠居というスタイルへの憧れ

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おそらくこれで「20代のぼくが隠居を目指すようになった理由」シリーズは最後です。

隠居というスタイルに憧れる

隠居というものに漠然と憧れを持っています。

世間から距離を置き、社会のしがらみに捉われることなく、自由に気の赴くまま、自分の好きなことだけをし続ける。

本当に実現できるかどうかは別問題として、これってほとんどの人が多かれ少なかれ憧れを持つ生活ではないでしょうか。

なんとなく旅人にも似た雰囲気を感じますが、旅までしなくとも、日常生活で旅人と同様の境地に達してしまうのが隠居のすごいところだと思います。

昔、隠居は若者の憧れだった

実は江戸時代には、隠居は若者の憧れでした。

40代になると、みんな隠居になりたがった。隠居は江戸時代のステイタスだった。

—『隠居宣言』横尾忠則

かつてのご隠居はカルチャーそのものだったのでありますから。

—『大都会隠居術』荒俣宏

世のため人のためにせっせと働いたら、あとは自分のためにせっせと遊ぶ。それが本来の隠居の姿であり、江戸時代には五〇代になっても隠居できないようなのは、情けないことだったという。つまり、隠居はプラスのイメージをもった憧れのステータスだったのだ。

—『隠居大学』天野祐吉

人生50年と言われた江戸時代ですから、現代とは人生の期間の感覚が少し違ってくるとは思いますが、みんなある程度年を重ねた後は、隠居となって自分自身のために人生を謳歌する生活に憧れを抱いていたということが分かります。

このように、隠居は昔からステイタス、憧れの的だったんですね。

現代の隠居ってどんなの?

でも江戸時代の隠居と現代の隠居は、言葉は同じでも実態は異なるでしょう。

そのため、現代の隠者はどういう人なのか、どうやったらなれるのか、この記事を書いている時点ではぼく自身分かっていません。

また、現代にも隠居は世界のどこかにはいるのでしょうが、少なくともぼくの周りには存在しません。

そのため、自分なりの「隠居像・隠者像」を探求してみようと思い立ちました。

しかし、実際に始めてみると、隠者の情報はWebや本などに記されていないんです。

考えてみたら当たり前なんですが、世間と距離を置いている隠者の情報は、世間の中には基本的に存在しないんですよね。

なので自分でその現代の隠居の在り方を探求しつつ、そのプロセスをみなさんと共有したくて、このブログを立ち上げました。

このプロセスはなかなか難しい気もしますが、あまり気負わずやっていこうと思うので、よかったら参考にしてください。

  

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