老境に入って幸せに生きる条件—村上春樹さんの回答に対して隠居的視点から思うこと

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はてブのTwitterアカウントにも載っていましたが、「村上さんのところ」でおもしろい質問が上がっていましたね。

 スクリーンショット 2015-02-27 22.16.27

老境に入って幸せに生きる条件—村上さんにおりいって質問・相談したいこと

ここで、村上春樹さんは、「老境を幸福に生きるために、お金以外に必要なものはなんでしょう」という質問に対して、以下のように答えられています。

幸福に生きるために必要なもの? まず健康であることです。そのためには節制と運動は欠かせません。

隠居にも健康は必須条件

これは隠居にも必須の条件です。

隠居に関する本を読んでいると高い割合で参照される貝原益軒の『養生訓』は、人生を健康に暮らすためには何が必要かを、かなりのボリュームを割いて書いています。

1713年という、今から300年近く前の本なのですが、なんと、日々の食事やトイレの仕方、薬の飲み方、お灸の据え方まで網羅しています。

また、このブログでよく参照する『隠居宣言』の中にもこうあります。

隠居と健康は不離一体の関係である。まず隠居の資格は健康であることである。

このように、隠居を獲得した後の時間を楽しむためには、健康であることが必須です。

でも、、、目的意識がないと生きている意味はないの?

しかし、幸福に生きるための2つ目の条件として村上春樹さんが挙げられたものには、ぼくは違和感を覚えました。

次に目的意識です。これがないと、いくら健康でも生きている意味がありません。

これは過激な表現なので気になった方が多いのではないかと思いますが、目的意識がないと人は生きる意味がないのでしょうか。

また、この質問は老境において幸福に生きるには?という質問に対する回答ですが、目的意識がないと人は幸福には生きられないのでしょうか。

ぼくはそうは思いません。

隠者は目的がなくても幸福に生きられる

これまでの記事で説明してきた隠居の特徴のひとつとして、目的を設定しなくても、自分の趣味や興味に没頭することで、十分幸せに生きることができるというものがありました。

例えば、歌川広重は実は武士からの隠居後に花開いた絵師でした。(参照:中江克己『江戸の定年後』)

それらの趣味や興味に没頭する動機は、もちろん目的が設定されている場合もあるでしょうが、その多くは「ただ楽しいから」ということに尽きるでしょう。

このように「その行為を行うこと自体が目的であること」が村上春樹さんのいう目的に含まれているなら納得ですが、一般的には、目的という言葉は「実現しようとしてめざす事柄」のこと(活動ではなくその結果)を指すので、このようなことは含まれていないことになります。

となると、村上春樹さんのこの回答は言い過ぎでしょうね。

老境には、健康に楽しく生きよう

老境に入って隠居できたら、健康に気を配りながら幸福に生きましょう。

目的はあってもなくても、幸せに生きられるならそれでいいと思います。

自分が幸せに生きられる方法を若いうちから探し、老後になって困らないようにしたいものですね。

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